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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(オ)1452号 判決

上告人(被告)

松山電設工業株式会社

被上告人(原告)

安田火災海上保険株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人西嶋吉光の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 伊藤正巳 坂上壽夫 貞家克己)

上告理由

上告代理人西嶋吉光の上告理由

原判決は、上告人(被控訴人)の責任につき、被控訴人は本件事故の際も含めて、ときに、竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認し、これにより事実上利益を得ており、かつ、被控訴人は竹本の雇用者として同人を会社の寮に住まわせ、会社の社屋に隣接する駐車場も使用させていたのであるから、本件加害者の運行につき直接又は間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその運行が社会に憲悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場にあつた者ということができ、本件事故は、同人が作業を終えて加害車を運転して、その現場から寮へ帰る途中に生じたものであるから、被控訴人は本件加害車の運行供用者として自賠法三条本文に基き、本件事故によつて西森やその親族に生じた人的損害を賠償すべき責任があると言わざるを得ない(原判決五枚目九行から六枚目一〇行)とする。

しかし、右判決には左記二点において判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な違法があるので、これを破棄してさらに相当な判決を求める。

第一点 原判決は、自賠法三条の運行供用者概念(自己のために自動車を運行の用に供する者)を不当に拡大解釈した違法な判決である。

一、本件は、上告人に勤務する電気工事の現場作業員である竹本が自己所有車により工事現場から自宅(寮)に帰る途中で起こした交通事故について、上告人に自賠法三条の責任を認めたものであるが、その責任の前提として原判決が認定した事実は次のとおりである(原判決三枚目六行から五枚目四行)。

「(一) 竹本聡は、昭和五三年三月高等学校を卒業して、翌月、被控訴人に入社し、昭和五五年九月に電気工事士の資格を取得してからは、被控訴人が請負つた建物の建築工事に伴う電気工事の業務に従事していた。

(二) 竹本は、本件事故発生当日、都合で上司の課長斎藤光男とあらかじめ決められていた作業日を交替して、午前八時頃、被控訴人の寮から自己所有の本件加害車に乗つて、被控訴人が建築工業(注 工事の誤記と思われる)を請負つた松山市南斎院町八一番地所在のコーポ「王赤」の電気配線工事の作業現場に赴き、午後四時過ぎまで同所で作業をして四時二〇分頃現場を離れ、右寮に帰る途中、結婚式を約一箇月後にひかえその準備で多忙で急いでいたため、速度を出し過ぎ本件事故を起すに至つた。

(三) 被控訴人では、作業に必要な工事資材、作業用具はすべて以前から右作業現場に用意されており、また、成文化した規定はなかつたが、事務、設計関係の従業員(これらの者が業務用にマイカーを使用した場合には、会社が任意保険料、ガソリン代を負担していた)を除く現場作業員は工事現場へマイカーで通勤することを禁じられ、おおむねそれは実行されていた。

(四) しかし、本件事故当時、被控訴人では現場作業員二〇名に対し車輌は二トン車、一・五トン車各一台、軽貨物車五台しかなく、それでは、工事現場が多方面にわたる場合など従業員の搬送にさし支えが生じていたため、右の取り決めが厳格に守られない状態となつており、竹本ら現場作業員もマイカーで工事現場に行き来したことがあり、特に作業開始時に遅刻するような場合にはそれが多かつたが、必ずしも会社にはその届出はせず、竹本自身、マイカーを使用したことについて上司から注意されたことは一度もなかつた。

(五) 竹本は、被控訴人の会社社屋の二階にある寮に住み込み、本件事故の一箇月くらい前に友人から購入した本件加害車は、使用していない時は常時、右社屋に隣接する同会社の駐車場に駐車させており、このことは被控訴人の代表者佐藤正義や前記斉藤光男も承知していた。」

二、ところで、従業員の自己所有車による事故についての会社の責任(自賠法三条及び民法七一五条)については、最高裁判決を含む多数の判決が集積され、それらの判決から会社の責任を認めるための諸事情を集約すると、その大要はおおよそ次のとおりになるとされている(民商法雑誌七九巻二号二六七頁判例批評錦織成史)。

1 その会社が事故を起こした従業員所有車を従来から会社の業務遂行のために使用してきたこと。

2 従業員の自動車購入に会社が援助し、またはガソリン代を負担するなど従業員が自己所有車を会社の業務に資するよう使用することを会社が助長していること。

3 事故が起つた自動車の運転につき、従業員所有車を使用するよう会社が依頼し、または少くとも従業員所有車が使用されることを会社が認容していたこと。

4 会社が従業員に課した命令もしくは業務内容から判断して、従業員が自己所有の自動車を使用する必要が認められること。

三、右集約された諸事情(以下前記集約事情という)を本件と類似する工事作業員の自己所有車による工事現場等への通退勤途上の交通事故に関する判決の事例にあてはめてみると、次のようになる。

1 会社の責任を肯定した判決事例

〈1〉 最高裁判所昭和五二年一二月二二日判決(判例時報八七八号六〇頁)右判例は、

「上告人会社熊本営業所に属する内線工の大半は、単車等の自家用車を有し、これを通勤のため使用するほか、しばしば営業所から、また、上司の指示があるときは自宅から工事現場への往復にも利用し、そのさいには自家用車を持たない同僚を同乗させることも多く、上告人会社は右利用を承認して走行距離に応じたガソリン手当及び損料の趣旨で単車手当を支給し、内線工の一人である訴外赤星清己も同様に自己所有車の単車を通勤及び業務のため利用していたところ、同訴外人には事故前日及び当日、上司に自宅から直接工事現場へ出勤するよう指示され、指示どおり出勤し業務に従事し、当日午後一〇時ごろ、その日の仕事を終り右単車で帰宅することになつたが、その際営業所近くの上告人会社の寮に帰る同僚を右単車に同乗させ、営業所で同僚を降ろし、そこから自宅へ帰る途中で本件事故を起したものであるなど、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人会社は事故当時における右訴外人の単車の運行について運行支配と運行利益を有している。」とする。

右判決が認定した諸事情は、前記集約事情の1、2、3に該当するものである。

〈2〉 前橋地方裁判所高崎支部昭和四四年二月一〇日判決(交通民二巻一号二二〇頁)

右判決は、

「佐藤定雄は被告会社の工事現場に日雇人夫として雇われ、昭和四一年六月頃から同年一一月迄の間継続して稼働していたものであるが、傍ら被告会社の指示により毎日現場に必要な労務者を集めて自己の所有する貨物自動車に乗せてこれを現場に輸送し、仕事が終つた後には再び労務者を右自動車に乗せて輸送し、帰宅させるという仕事に従事していたこと、土木建築請負を行とする会社にとつて現場に必要な労務者を確保するため、毎日これを集めて輸送する仕事はその業務の不可欠の部分であつたけれども、当時被告会社にはこれに専従する自動車がなかつたところから、佐藤にその所有の本件自動車を運転させ右業務を担当させていたところ、昭和四一年九月一三日、現場の仕事が終つてから佐藤が人夫を乗せた右自動車が運転して帰宅の途中に本件事故を引起したことが認められる。以上の事実によれば、佐藤は日雇として被告会社に雇われていたけれども、事実上相当期間継続して被告会社の指示の下にその業務の遂行に欠くことのできない労務益輸送の仕事に従事していたのであつて、これに使用する貨物自動車は佐藤の所有であつたけれども被告会社と佐藤との間の雇傭関係を通じて右自動車に対する運行の支配とその運行による利益は共に被告会社に帰属していたものということができる。」とする。

右判決が認定した諸事情は、前記集約事情の1、3、4に該当するものである。

〈3〉 高知地方裁判所昭和四四年六月二〇日判決(交通民二巻三号八二七頁)

右判決は、

「イ、被告会社は昭和四一年六月頃電々公社より鳥形山無線中継所へ通じる道路工事を請負い、高岡郡仁淀村字石神に工事現場を置き、被告会社従業員戸梶長喜を現場監督とし、その他の従業員数名と袈裟吉他十数名の人夫を使用して道路工事に従事していた。

ロ、袈裟吉ら人夫の大半は右現場から約三粁離れた同村字泉部落から徒歩で通勤していたが、戸梶長喜に対し自動車による送迎の申出をなした。そこで同人は被告会社に右要望を伝えたが被告会社がこれに応ずる措置がとられないまま、同年七月初め頃、古味直一から個人として本件自動車を代金三万円で買受け、自動車登録名義はそのままとし且つ車体ボデイー両側に「古味」と表示されてあるまま引渡しを受けたが、自己は運転免許もないところから自己の用に供することは全くなく、同年七月一九日頃より被告会社従業員野々宮義彦に運転させ、前記泉部落と現場との間の人夫の送迎の用に供していた。

ハ、本件自動車の管理運転は戸梶長喜及び被告会社従業員で被告会社所有の自動車の管理運行の仕事に任じていた戸梶賢市の指示により前記野々宮が専らこれにあたり、同人は前記両名の指示するところにより本件自動車の修理を他に依頼する際や給油を受ける際は被告の会社の名、本件自動車番号及び戸梶長喜の名を告げてなし、又エンジン修理をする際被告会社の自動車のエンジンと積み換えたこともあり、又更に被告会社の本社で給油したこともあつた。

ニ、本件事故の日である同年七月二九日朝は従来通り右野々宮が本件自動車を運転して泉部落より袈裟吉ら人夫十数名を現場まで運搬したが、野々宮は足に負傷を受けて一旦帰宅することにし、その際本件自動車はそのエンジンキーを点火装置に差し込んだまま現場においておいた。野々宮は再び現場に戻る予定であつたが結局戻らないうち同日午後五時頃大雨になり、従業員一同就業時間を繰上げて急拠帰ることになり、被告会社石割工中越信男が自発的に野々宮に代つて本件自動車を運転すべく乗り込んだところ、袈裟吉ら人夫約一〇名も荷台に乗り込んだが同人らは本件自動車を運転するのは従来どおり野々宮であるものと思つていた。(尚、中越は工事現場で同工事のため何回か被告会社のジープ、ダンプカーを運転したことがある)

ホ、右中越は同日午後六時頃、大雨のさなか幅員三・五乃至四・八米で悪路であり、右曲し且つ右側が崖である本件事故現場付近にさしかかつた際、フロントガラスにあたる強雨のため前方の見通しが度々中断しがちな状態であつたから、運転者としては一時運転を中止するか、より減速して進行すべき義務があるのにこれを怠り時速約一〇粁で進行し右にハンドルを切つた過失により本件自動車を右側崖下に転落させた。」

以上右認定事実からすれば、本件事故の際被告会社は前記ロハの各事実を認容していたことが推認されるし、仮に知らなかつたとしても現場監督である戸梶長吉を通じ本件自動車を自己の運転の用に供していたというべきである。

右判決が認定した諸事情は、前記集約事情の2、3、4に該当する。

〈4〉 名古屋地方裁判所豊橋支部昭和四五年二月二日判決(交通民三巻一号一五四頁)

右判決は、

「被告小嶋は被告伊藤の親方として同被告を鳶職に使用する傍ら自動車運転をさせていたこと及び事故当時同被告に命じて自己の従業員らを同乗させていたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、被告小嶋は小嶋工務店の名称で建築請負業を営み、被告伊藤のほか鳶職、人夫等多数の使用人を雇用していたこと、経営の都合上四名一組で班を構成して仕事を割当てその責任者として班長を定めていたこと、被告伊藤はその班長の一人であること、被告小嶋は自己所有の自動車を各班長に安価に払下げ、通勤等に使用させる傍ら指示してその班の人夫及び材料等を現場に運搬させていたこと、本件加害者の所有名義、強制保険加入名義はいずれも被告伊藤であること、しかし、自動車の燃料費、修理費等の維持費として被告小嶋から被告伊藤に毎月出来高の一割を支給していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実によれば、被告小嶋は、本件事故当時、被告伊藤と共同して加害車の運行を支配し、その運行の利益を亨受していたと認めるのが相当であるから、被告小嶋は自賠法三条の規定による運行供用者に該当するものというべきである」とする。

右判決が認定した諸事情は前記集約事情の1、2、3、4に該当するものである。

〈5〉 福井地方裁判所武生支部昭和五二年三月三〇日判決(交通民一〇巻二号四九六頁)

右判決は、

「右村上は被告の所有名義のものであつたが、それは同人の通勤あるいは現場に行くために使用され、また職人等を現場に乗せていくためにも、被告所有車七に対し三の割合ぐらいで使用されていたこと、それで同社のガソリン代や修理代のある部分は被告が負担したいたこと、本件事故は、右村上がその通勤時間中、被告の仕事現場に行く途中で発生したものであることが認められる。右事実によると被告は右村上所有名義の加害車両を自己の事業のために使用して、これをその運行の用に供していたものであり、自己の従業員である右村上がその事業の執行中に本件事故を引起させて、原告に本件傷害を負わせたというべきであるから、原告に対し本件事故により原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。」とする。

右判決が認定した諸事情は、前記集約事情の2、3に該当するものである。

2 会社の責任を否定した判決事例

〈1〉 広島高等裁判所昭和四六年四月八日判決(交通民四巻二号四一五頁)

右判決は、

「控訴人株式会社安芸製作所に対する請求について判断する。控訴人岡崎恒夫が、本件事故当時、控訴会社に雇用された従業員であることは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、控訴人岡崎恒夫は控訴会社のブルドーザーの運転手として工事現場での仕事に従事するのが職務であり控訴会社の寮に居住していたこと、控訴人岡崎恒夫は、昭和四二年四月五日頃、本件軽乗用自動車を購入して以来、自宅(寮)から工事現場へ通勤のために右自家用車を使用していたこと、控訴会社は原則として従業員の寮から工事現場への往復には会社備付の車両を使用したり、或はバス、電車等を利用させており、例外的に自家用車のある従業員に対しては、自家用車で直接工事現場に行くことやその自家用車に他の従業員が同乗することも、各自の便宜に任せていたこと、控訴会社は、自家用車を利用する者に対し別にガソリン代を支給するようなことはなく、従業員に対し一様に工事現場への乗物代実費を支給していたこと、そして、本件事故が、たまたま、控訴人岡崎恒夫が、終業後、自家用車を運転して広島市井ノ口町の団地の工事現場から自宅(寮)へ帰る途中で発生したものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠は他に存在しない。

通常、被用者が自家用車によつて通勤する場合、その途中では、自動車の運行に関しては、使用者の指揮命令による支配を離脱し、被用者の自由な活動範囲に属するものであつて、被用者の通勤のための自家用車の利用行為をもつて使用者のための業務執行とはいえない。本件事故当時も、控訴会社が控訴人岡崎所有の自動車を会社の業務執行に利用していたとみられるような特別の事情は認められず、前記認定の事実関係においては、本件自動車の運行支配および運行利益は、ともに控訴人岡崎恒夫に専属し、控訴会社は、右自動車の運行支配および運行利益のいずれをも有していなかつたものと認めるほかはなく、したがつて、控訴会社は、本件事故に関し、自動車損害賠償法第三条に基く運行供用者責任を負わないものと解するのが相当である。また、前示控訴人岡崎の自家用車の運転が控訴会社の事業の執行につきなされたものと認めがたいことは前記のとおりであるから、控訴会社には民法七一五条による責任はない。」とする。

右判決が認定した諸事情は、前記集約事情の3の「従業員所有車が使用されることを会社が認容していた」に該当するが、右判決は寮から工事現場への自家用車の利用は通勤のためのものであるとして、会社につき自賠法三条及び民法七一五条の責任を否定した。

右判決の事例は、本件上告事件と極めて類似している。むしろ、本件上告事案では、上告人は現場作業員が工事現場へマイカーで通勤することを禁じていたのであるから、右判決の論理からすると、上告人の責任は否定されるものである。

3 以上の検討から、本件上告事件に類似した現場作業員による事故について、判決事例では前記集約事情1乃至4のうち二つ以上の諸事情が認定されている場合、会社の責任が肯定されていることが理解できる。

四、それでは、本件上告事故においては、前記集約事情の1乃至4に該当する事情が存在するであろうか。

1 会社が事故を起こした従業員所有車を、従来から会社の業務遂行のために使用してきたや否や。

原判決が認定した前記一の(一)乃至(五)の諸事情によつても、現場作業員竹本の所有車が従来から会社の業務遂行のために使用されてきたという事実は認定されていない。

この点を更に詳述すると、竹本が属していた工事二課は、斉藤光男課長の下に三名の従業員がおり(証人斉藤光男の昭和六〇年八月二三日付調書一枚目裏)、同課には会社所有車の二台が割り当てられ(同証人調書二枚目裏)、工事現場への作業用具及び作業員の運搬は会社所有車が使用されていた(同証人調書二枚目表)。上告人会社では現場作業員に現場へマイカーで通勤することを禁じており、又、その業務の多くは建物建築現場での電気設備の設置であるため、工事現場へ行くとその現場で勤務時間終了まで作業するものであり、セールスマンの如く一日に数箇所乃至十数箇所も得意先を回るという性質の業務ではない。まれに、一日に数箇所の小工事を行うということもあるが、その場合には必ずドリル、電工ドラム等の工具が必要であり、その運搬は乗用車では出来ないので、必ず会社所有の自動車で行つていた。

このようなことから、上告会社の業務遂行のため、会社が竹本の所有車を使用したことは一度もなかつた。

2 従業員の自動車購入に会社が援助し、またはガソリン代を負担するなど、従業員が自己所有車を会社の業務に資するよう使用することを会社が援助していたや否や。

原判決が認定した前記一の(一)乃至(五)の諸事情によつても、竹本ら現場作業員の自己所有車に対しガソリン代を負担するなどの援助を会社がしていた事実は認定されていない。

ただ、竹本の自己所有車は上告人会社の駐車場に駐車させていたが、これは竹本が上告人会社の事務所社屋の二階の寮に居住していたため、上告人の所有車を駐車させるための駐車場の空スペースに駐車していたものであり、このことをもつて従業員が自己所有車を会社の業務に資するよう使用することを上告会社が助長していたとは到底言い得ないものである。

3 事故が起つた自動車の運転につき、従業員所有車を使用するよう会社が依頼し、または少くとも従業員所有車が使用されることを会社が認容していたや否や。

この点につき、原判決は、上告人が本件事故の際を含めて、ときに、竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認していたとする。

右認定については、後記上告理由第二点で経験則違反の認定であることを詳述する。しかしながら、原判決の認定によつても、上告人会社では現場作業員のマイカーによる工事現場での通勤は禁じられており、おおむねそれは実行していたこと、ただ、現場作業員が作業開始時に遅刻するような非常にまれな場合等にマイカーで工事現場へ通勤することがあつたにすぎない。本件事故当日の運転も、その前日に竹本の都合(事故当日に日曜出勤し、一一月二三、二四日を休日として結婚のための新居引越を行う)で作業日を交替したものであるところ、事故当日は日曜で会社も休みのため他の作業員の出勤はなかつたので、会社所有車は多数あつたにもかかかわらず、加害車のバッテリーが弱つているため、それを充電するという竹本の便宜上の理由により、工事現場への通勤に自己所有車を使用したものである(証人竹本の昭和五九年一二月一四日付及び同六一年七月一七日付各調書)。

4 会社が従業員に課した命令もしくは業務内容から判断して、従業員が自己所有の自動車を使用する必要が認められるや否や。

この点は、原判決が認定した前記一の(一)乃至(五)の各事情によつても、竹本が自己所有の自動車を使用する必要は認められていない。

この点を更に詳述すると、本件事故日は日曜日で、出勤者は竹本只一人であつたこと、竹本が所属していた工事二課には二台の会社所有車が割り当てられており、その車を使用して工事現場へ通勤することが出来たのであるから、上告人としては竹本の自己所有車を使用する必要性はいささかも存在していない。竹本が自己所有車を運転したのは、前記のとおり竹本の個人的理由によるものであつた。

四、右検討の結果、前記集約事情1乃至4のうち、本件上告事件においては、同事情の1、2及び4が該当せず、わずかに3の「事故が起こつた自動車の運転につき従業員所有車を使用するよう会社が依頼し、または少くとも従業員所有車が使用されることを会社が認容していたや否や」のうち、原判決の認定によつても、本件事故の際を含めて、ときに、竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを上告人が黙認していたにすぎない。

しからば、前記集約事情の3にのみ該当する本件上告事件において、上告人につき、自賠法三条及び民法七一五条の責任が認められるであろうか。

1 少くとも、これまでに集積された判例の基準からするならば、前出の広島高等裁判所昭和四六年四月八日判決の事例と対比すれば明白なとおり、工事現場への自己所有車による通勤は使用者の業務執行とは言えず、本件自動車の運行支配および運行利益はともに竹本に専属し、上告人会社には自賠法三条及び民法七一五条の責任はないものである。

2 原判決は、「控訴人は、本件事故の際を含めて、ときに竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認し、これにより事実上利益を得ており」とするが、原判決が認定した諸事情(原判決三枚目六行から五枚目四行)からも明らかなとおり、上告人は現場作業員を工事現場に運ぶための会社所有の車を備えてそれを使用しており、竹本が他の従業員を事故所有車によつて工事現場へ運んだこともなく、しかも本件加害車は竹本が事故日一カ月前に購入したものであるから、竹本が本件加害車で工事現場へ通勤したのは少くとも数回であると推認でき、継続性は全くない。そうすると、上告人は、竹本による本件加害車の使用につき何らの事実上の利益も得ていないのである。

3 又、原判決は「被控訴人は竹本の雇用者として同人を会社の寮に住まわせ、会社の社屋に隣接する駐車場も使用させていたのであるから、本件加害車の運行につき直接又は間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその運行が社会に害悪をもたらさないよう監視監督すべき立場にあつた者ということができ」とする。

しかしながら、従業員を会社の寮に住まわせ、その所有車を寮に隣接する会社の駐車場に駐車させることをもつて、会社に運行供用責任があると言えるだろうか。もし、これが認められるなら、従業員の通勤用自動車の駐車場を提供している会社はそれだけで運行につき直接又は間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその社会に害悪をもたらさないよう監視監督すべき立場にあつたものということになり、従業員の通退勤途上の交通事故については全て自賠法三条の責任を負うことになる。このことは、多数の判決によつて集積された自賠法三条の運行供用者責任の規範を不当に拡大解釈するものであることは明らかである。

五、以上のことから、原判決は自賠法三条の「事故のために自動車を運行の用に供する者」の概念を不当に拡大解釈して、上告人に運行供用者責任を認めたものである。

これは、法令の解釈を誤つた違法な判決である。

よつて、原判決の破棄を求めるものである。

第二点 原判決には左記の各点において証拠に基づかず、理由不備乃至理由齟齬、または経験則に違反して事実を認定した違法がある。

一、原判決は本件事故当時、被控訴人では、現場作業員二〇名に対し、車両は二トン車、一・五トン車各一台、軽貨物車五台しかなく、それでは、工事現場が多方面にわたる場合など従業員の搬送に差し支えが生じていたため、右の取り決めが厳格に守られない状態となつていたと認定する(原判決四枚目二行から六行)。しかしながら、上告人は一六台の車両を所有しており(乙第四号証)、それ以外に設計関係の従業員四名については各人の所有車を社用に使用することを認めていたのである(乙第五乃至九号証)から、上告人の社用車としては合計二〇台の車両があつたのであり、従業員の搬送に差し支えが生じることはなかつたものである。このことを無視した原判決は証拠の採否、証拠の評価につき経験則を誤つたものである。

二、原判決は被控訴人は本件事故の際も含めて、ときに竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認していたとする(原判決五枚目九行から一一行)。

しかしながら、原判決が証拠により認定した事実(原判決三枚目六行から五枚目四行)には右事実の認定がなされていない。よつて、原判決には証拠に基づかずに事実を認定した違法がある。

仮りに原判決が証拠により認定した前記事実から右事実を推認したものであるならば、どの事実から右事実を推認したのかを明確に判示しなければならない。そのことに欠ける原判決には理由不備乃至理由齟齬の違法がある。

仮りに原判決が証拠により認定した前記事実から右事実を推認したものであるならば、その推認は経験則に違反したものである。即ち、原判決が証拠により認定した前記事実によると、被控訴人は現場作業員が工事現場へマイカーで通勤することを禁じていたこと、竹本ら現場作業員がマイカーで工事現場に行き来したことがあるが、必ずしも会社にはその届出はしなかつたこと、竹本自身、マイカーを使用したことについて上司から注意を受けたことは一度もなかつたこと、竹本が会社の駐車場に駐車させていたことを被控訴人代表者や斉藤課長も承知していたこと、本件事故日の竹本の日曜勤務はその前日に上司の斉藤課長との間で決められたことなどが認定されている。右事実から推認出来るのはせいぜい斉藤課長が本件事故の際を含めて、ときに、竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認していたということだけである。しかしながら、斉藤課長の黙認をもつて上告会社の黙認と同一視することは経験則上からいつてもいい得ないものである。

以上

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